112 いとうせいこう 講談社
『「国境なき医師団」をそれでも見に行く』よりも前に出された本。2019年にガザやヨルダン川西岸地区などパレスチナ自治区とその周辺の「国境なき医師団」を見に行った記録である。イスラエルによるガザへの虐殺的空爆が始まる前のことである。思えばコロナ禍以前でもあったのだ。
パレスチナ自治区はヨルダン川西岸地区と地中海に面したガザ地区に分かれる。イスラエル建国によって国を追われた人々が難民となって周囲に逃れた。「国境なき医師団」は1989年から活動を開始、この本の執筆時点では主にイスラエルへの抗議デモで負傷した人々に外科手術と術後のケアを行うとともに、西岸地区の政治的緊張下で暮らす人々への精神的ケアも提供していた。また、ヨルダンのアンマンの再建外科病院では中東全域から集まる紛争被害者に再建手術や理学療法を行いつつ、地元の難民コミュニティにも医療を提供。
この時点では、まだ空爆は始まっていなかった。だが、それでも、毎週金曜日に行われるイスラエルへの抗議デモで、イスラエル軍は参加者を銃撃し、怪我人は増え続けていた。
銃撃を受けると銃弾は出口を大きくえぐる。傷口からは外科医の黴菌が入り、銃弾が骨を粉砕すれば骨髄炎を起こす可能性が高まるし、手足の機能は失われる。抵抗者を簡単に殺してしまうより、足を銃撃する方が長期にわたる医療が必要となり、それを助ける人手も長く必要となり、医療者も必要となる。銃撃は、安易に殺すよりはるかに大きな損失を敵に与えられるのだ。
武器も、効果で強力なミサイル弾や戦闘機などよりも、おもちゃのような地雷やドローンのような軽くて安価なものが多く使用される。見つかって破壊されようともまた簡単に補充できるし、熟練の操縦士も必要ない。撃ち落されても一から操縦士を訓練する必要すらない。壊滅的な打撃を与えるより、何度も何度も殺さない程度の攻撃を加えることの方が有効である、という戦法であり、それが被害者の苦悩を残酷なものにもしていた。
今は空爆によって、病人だろうと国際支援団体であろうと子どもだろうとガザで虐殺が行われている。いったいここに描かれていた「国境なき医師団」のメンバーはどれだけ無事に過ごしているのだろうかと心配にもなるし、そもそもそこに暮らす難民の人々がどうなっているのかを思うと胸がつぶれそうだ。
どんな場所でも、どんな酷い状況でも、人々は生きる。助け合う。「国境なき医師団」は政治的な発言をしないように留意しつつ、どんな立場の人であろうと助けようとする。そこに赴き、働き続ける人がいる。目の前の傷ついた人を助けることだけを目指す人がいる。
小さな子どもたちの姿は胸を打つ。ひどいけがを受けながらもまっすぐ前を向き、誇りたかく口を結ぶ少女も、音楽療法で楽しそうに太鼓をたたく少年も、人が生きるということを教えてくれる。
なぜ人は傷つけあい、殺し合い、戦い合うのか。片方では全力で自分を危険にさらしてでも助けようとする人がいて、片方ではできるだけ長く苦しませようと、効率よく打撃を与える人がいる。どちらも同じ人間なのに。
いつも心が重くふさがれるが、だからこそ読まねばならないと思う。そして、自分にできるのは、せめて少しでも寄付をし、彼らのことを忘れず、平和を願い続けることだと思う。
