16 トイ・ヨウ KADOKAWA
恋愛伴侶規範(誰もがいずれ他者と恋愛関係を築くべきだ、そうしなければいけないという社会的な価値観や圧力)に思い悩む登場人物の姿が描かれた漫画。冒頭に
決してご無理をなさらず、お一人お一人の思いや感覚を最優先に、何よりも尊重し、ご自身にとって最も穏やかな形で本作と向き合っていただけますようお願い申し上げます。
と注意書きがなされている。本当にデリケートな問題なのだな、と思いを新たにしながら読んだ。
主人公、内日(うつい)は二人の母に育てられた30歳になる女性である。子どもの頃から「好きな人ができたら教えてね」と母たちに楽しみに言い聞かされてきたが、実は、誰かを好きになる、恋愛感情を持つということができない自分に気づいてもいる。母たち(女性同士の恋人たち)の関係性を隠す必要を感じずに育ってきたという特異な生育歴でもある。今までに女性とも男性とも付き合いはしたものの、どうにも恋愛感情は生まれない。そんな彼女は子ども時代から、母たちの友人の一人、多聞とだけはなぜか話があった。
母たちの旅行中に実家に帰った内日は、多聞に紹介された、人の目にはあまり見えない不思議な生き物と数日を過ごす。その中で様々なことを思い出し、考え、話し、今の自分を見つめていく。
恋愛か…。そんなに恋に燃えるタイプでもなかった私は、それでも夫と出会ってそれなりに熱心に恋をして結婚に至った。子どもを二人育てあげ、良い伴侶を得て良かったとつくづく思う昨今である。なので、恋愛感情のない人間ではない。だけど、誰もが誰かに恋い焦がれなければならないとは思っていない。中学、高校時代に、入学して数日から数週間でカップルが生まれ、かと思うとすぐに別れ、また新たな恋が始まる周囲を見て心底ふしぎだったことを覚えている。あの頃、私に恋愛は理解不能だった。まあ、その後、恋愛に突入したのだから、理解できたというか思い知ったのではあるが。あの頃の感覚もまた鮮明に覚えていて、あのまんま、恋愛理解不能状態が私の人生で続いたとしても、それはそれであり得そうだったなあとは思う。そんなもんじゃないのよ、と言われそうだが、私の理解はその程度である。
どんな人が居てもいい、と思う。同性同士で心惹かれ合ったり、同性異性どっちも性的な対象であったり、あるいは誰にも恋愛感情を持たなくたって、別におかしなことではない。良い友達には、なれるのだもの、それでいいじゃない、と思う。好きだという感覚は、性的なものを含まなくても湧き上がるものだし、互いを大事に思い合うのは恋愛だけでもない。色々な人が居て、誰もが切実に幸せになりたいと願いながら生きている。だとしたら、みんなが幸せでいいと思う。心からそう思う。誰もが同じである必要などどこにもない。そのまんま、ありのままの自分でいればいい。
というようなことをしみじみ思いながら、この漫画を読んだ。自分らしく、できるだけ自分に嘘をつかずに生きていけたらいいね。そう世界中の人に言いたい。
