日本の地下水 小さなメディアから

日本の地下水 小さなメディアから

111 鶴見俊輔 SURE

敗戦後、日本中で様々なサークルが作られ、そこに参加する人たちの文章を集めたサークル誌、同人誌などが作られた。毎日の務めを終えた後に集まる市井の人々や在野の学究者などによるそれらの記録冊子を、鶴見俊輔は「日本の地下水」というタイトルで毎月紹介・時評し続けた。この本はそれらの紹介のうち「思想の科学」に掲載されたものがまとめられている。

おおきなメディア、有力な研究者などではない、ごく普通の生活を送る普通の人々の声。彼らがどんな風に生き、何を課題と捉え、あるいはどんな伝統や習俗の中で今を、これからを見据えていたのかが静かに伝わってくる。鶴見俊輔は、学歴や肩書、経歴などにとらわれず一人一人の人間の価値を丁寧にすくい取り、認め、そこから学ぶ人であった。

徴兵され、戦地に赴きながら、どうしても人を殺さないと誓ったクリスチャンの男が、生きている中国人捕虜を突き殺せと命じられ、最後まで従わなかった。もう一人、同じ隊の禅坊主の男も従わなかった。二人はその晩軍靴を口にくわえ、くんくん鼻を鳴らしながら四つ這いになって雪の中を這い廻らせられた。「お前らは犬にも劣る」という刑である。だが二人は予想外に軽い処罰を喜んだほどであった。という話。

パーマなどかけたくない二十歳の女性が、周囲、特に母と姉と職場の先輩に強いられてパーマをかけた。当時、就職した女性はパーマをかけるのが「普通」とされていた。母を安心させるために、人に悪い感じを与えないために、職場の受付にザンバラ髪の女性がいるとはためいわくで事業経営不振の原因になるため、女らしくなるため、かけろかけろという騒音防止のため、いやいやパーマをかけた。「大人の仲間入りをした」といわれて何か変だと思った。という話。いかにも日本的な同調圧力のエピソードである。

「私の母は今年八十歳になる。十年前、ひとふりの刀の重さほどもない男よと言って、私の父である夫と別れてしまった」という話。これを読んであっと思った。これは、「女と刀」である。そうか、ここから鶴見俊輔は中村きい子に出会ったのだな。

ガリ版刷りの、限られたページ数の小冊子の中の文章のなんと生き生きとしたことか。こんな風に自分の思いを考え考え、言葉を探し、深め、書いている人たちがいた。今はSNSなどで誰もが気軽にどんどん思いを発表することはできるけれど、それは刹那的に消費され、消えて行き、新たに書かれていく。丁寧に言葉を探し、深め、相手を理解しようとする姿勢はもう必要がなくなっているのだろうか。それは進歩なのだろうか。なんだか切ないというか、むなしくなってくる。

私は、こんな風に、丁寧に時間をかけて練られた文章を交換し合う小冊子に惹かれる。そして、それをもとに、互いに何を感じ考えたかを話し合える時間がもてるとしたら…と手に入らない宝のように感じる。