最後の山

最後の山

148 石川直樹 新潮社

久しぶりの石川直樹である。十年以上ぶりかも。その間に石川直樹は世界に14座ある標高8000メートルを超える山を登り続けてきた。その記録が本書である。そもそも石川直樹は本職は写真家である。写真を撮るために世界中を旅しながら、山にも登り続けてきた。高校時代にインドに放浪旅に出て以来、この人はアラスカでカヌーに乗ったり、北極から南極を踏破したり、いろいろやっているのである。どうしてそこまで、といつも思う。

全く知らなかったのだが、登山における真の頂上問題というものがある。登頂における唯一のルールは、その山の一番高いところに立つというものだが、実は今までヒマラヤの8000メートル峰において最高点に立たず手前で登頂したものとしてきた例がマナスル、ダウラギリ、アンナプルナといった山々で散見され、検証されている。石川直樹自身もマナスルに登頂したつもりで実はその手前で下山していたことがわかり、再登頂している。こういった真の頂上問題に関して、彼は、自らの目で確かめたいという思いがあったという。

それと同時に、これまでは遠征隊の縁の下の力持ちとして仕事として山に登っていた若いシェルパたちの中に、自分の好きな登山を探求するものがあらわれた。シェルパだけで体をつくって海外遠征に行ったり、新ルートにチャレンジするものもあらわれた。こうした若いシェルパたちの新しい時代の幕開けを自分の目で確かめたいとも考えたという。

登山は命がけである。最近、K2西壁でお亡くなりになった中島健郎さんと平出和也さんの記録映像を私もテレビで見た。彼らは最後まで、無事に帰還することがいかに大切かを画面で真剣に語っていた。この本にも彼らは登場している。充実感に満ちた顔をしていたという中島健郎さんたちは、その後、山で亡くなった。

14座の最後の山、シシャパンマで彼は登山を通してつながった大切な仲間であるシェルパの友達も失っている。また、アメリカ人女性の14座制覇先陣争いにも巻き込まれ、彼女ら二人ともが命を落とす現場にも居合わせている。それでも、山が怖いとは思わない、ただ畏怖の念だけが残るという。亡くなった登山家たちは皆一生懸命生きていた、と彼は書く。でも、彼らを思い出しながら、泣く。亡くなった友人の実家まで行き、両親や妻、子どもたちに写真を渡し、共に泣く。

14座を制覇し、彼の登山活動は一段落を迎えた。なぜ人は山に登るのだろう。高校時代、私も山岳部にいたのだが、低山しか経験がない。実は高所恐怖症なのだ。自然の中を歩くのは大好きだが、高いところは怖いし疲れる。苦しくて、辛くて、しかも危険に満ちていて、実際に命を落とす人も大勢いるのに、人は山に登り続ける。そして、それはとても尊いことのようにも思える。生きるとは何なのか。良い暮らしをし、人に羨ましがられ、ふんぞり返って生きる人生とは対極の、自分の人生を生きる形を見せられたようにも思う。良い本であった。