4 赤神 諒 集英社
書評などで読みたい本を見つけると、図書館へ予約を入れる。すぐ手に入ればいいのだが、本によってはかなり長いこと待たされる。すると、手元に来たころには、いったいなぜこの本を読みたいと思ったのかをすっかり忘れてしまうという私の老人力。この本は、まさにそれであった。予約の本です、と渡されてきょとんとしてしまった。ミステリなのか、SFなのか、恋愛小説なのか。作者名も「初めまして」である。とりあえず読み始めてようやくわかった。これは時代小説であった。
この本のゴール地点にあるのは幕末、三宮神社付近で起きた「神戸事件」である。備前藩兵が隊列を横切ったフランス兵を負傷させたことから銃撃戦に発展し、居留地予定地を検分中の欧米諸国公使らに水平射撃まで加えてしまって外交問題となった。明治政府初の外交問題と言われている。歴史は好きだし、幕末についてはずいぶんと勉強もした。だから、神戸事件の名前と概要くらいは知っていた。だが、そこで責任を取って切腹を果たした男がラストサムライと呼ばれていたことまでは知らなかった。
主人公の蓮三郎は聡明で剣の腕もあり、将来を嘱望された人物であったが、まだ年若いころに罪に問われて蟄居を言い渡され、その後15年に渡って実家にこもる生活を強いられた。その中で文武にはげみ、知識を吸収し、農業や医学、語学にも精通していった。罪が解かれてすぐに神戸事件となった、その背景が描かれている。史実に基づいた物語である。
明治の元勲となった人たち以外にも、幕末の日本にはさまざまな知恵者がいて、多くは死んだり殺されたりしていった。坂本龍馬だってその一人で、司馬遼太郎があの小説を書かなかったらここまで有名にはならなかっただろう。たくさんの傑物が、人知れず命を落としていったのがあの時代だ。と書いてから気が付く。それは幕末に限らない。いつの時代にも、人々のために力を尽くし、よい知恵を出し、多くの人を救いながら、それと知られずに消えていく人たちはいた。歴史とは、名を成した大物たちによって作られているのではなく、本当はそういった多くの名もなき人たちによって支えられているものだ。そのことを改めて思い出す。
神戸事件はむしろ海外で報じられ、有名になったという。のちに新渡戸稲造が「武士道」の中で紹介し、世界に知られることとなった…のだそうだが、すまぬ、寡聞にして知らなかった。この武士道というものが、私にはどうにもなじまないところがある。だが、少なくともこの主人公が胸をすくような人物であるとは思った。
