155 e.o.プラウエン 岩波少年文庫
1934~1937年、ドイツで最も広く読まれていた週刊誌「ベルリングラフ」に連載されていた漫画。子どもよりも子どもっぽいおとうさんと、そんなおとうさんに甘えたりいたずらしたり、のびのびとして子どもらしいぼく。無人島へ行ったり強盗にあったりもするけれど、ちっとも怖がらない。お金持ちにもなるけど、ぜんぜんお金持ちっぽくもない。軽やかで明るい物語。
なんでこんな古い漫画?と思うかもしれないけれど、作者は、本名はエーリヒ・オーザーというケストナーの大親友だった人。ナチスドイツ台頭の中、ライプチヒを追われた二人はベルリンへ出た。ケストナーはやがて執筆停止処分を受け、やがてオーザーも同様となる。オーザーはe.o.プラウエンという偽名を使って、自由に、心の底から笑える「おとうさんとぼく」を描き始める。だが、国民のアイドルになったこの作品がナチスの募金活動のシンボルのように使われ始めたため、ついに筆を折る。「ハイル・ヒトラー!」と言わねば強制収容所送りになる時節に、彼は「ハイル・デューラー!」(ドイツ最大の画家アルブレヒト・デューラーのこと)といつも挨拶をした。やがてゲシュタポ(ナチス秘密警察)に逮捕された彼は、ともに逮捕された編集者のエーリヒ・クナウフの釈放を上申する遺書を残して自ら命を断ったのだった。
岩波少年文庫のこの本の最後にはケストナーの文章が載せられている。オーザーとの若いころからの思い出や、彼の、反骨精神に富み、金もうけ主義を忌み嫌い、堅物や偽善家をあざけり、役人根性を罵り、個人の自由のために戦い、大衆の愚かさに抗った人物像を書いている。
もしオーザーがまだ生きていたら、芸術家としてどれほどの歩みをとげていたか、想像するのは残念ながら虚しい。友人たちも、目を閉じ、天国のロマーニッシュ・カフェ(ベルリンの芸術家や作家が集まった伝説のカフェ)から響く彼の豪快な笑い声を思い浮かべたところで、なんの救いにもならないだろう。
だから作品を楽しみ味わうことで、オーザーを偲ぼうではないか。
(「おとうさんとぼく」内所収 エーリヒ・ケストナー「プラウエンから来たエーリヒ・オーザー」より引用)
言論の自由が脅かされ、権力に物申す人間が抑圧されるとき、そこには闇のような地獄が待っている。そのことを私たちは忘れてはならない。
