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「まともな家の子供はいない」津村記久子 筑摩書房
セキコの悩みは、働かない父である。そんなダメな父を共依存的に溺愛している母である。家にいる父が見たくなくて、セキコは家を出る。図書館か友だちのナガヨシの家くらいしか、セキコには居場所がない。
ナガヨシの母は買物依存症で、ネットショッピングに憑かれている。塾の友だちの室田の母は不倫しているし、クレの母は失踪している。まともな家の子供はいない。・・・という言葉は、もはや、具体例に対してのものではなく、普遍的な表現でしか無いのではないか、と思える物語である。
親はみんなおかしい。人間は家庭を持つとあんなふうに道理が通らなくなるものなのだろうか。家というものは、まともではいられなくなるほどのものなのだろうか。それとも単なる加齢による精神的な劣化現象なのだろうか。
(引用は「まともな家の子供はいない」津村記久子 より)
ううう、耳が痛い。
そりゃあ、どんな家庭にだって何らかの問題はある。親は、たいてい、いいかっこしたがるだけで、実は未熟な人間だ。高校生くらいの反抗期真っ只中の子供から見たら、親はみんなおかしい。そして、まともな家の子供はいない。
ということを、あっけらかんとこの本は書ききっている。
そこがすごい、と思う。
親から見たら、なにもわかってないくせに、言い返してばかり、馬鹿なことばっかりやってるワガママでいい加減な子どもたち。だけど、彼らから見たら、我々はこんなふうに見えてるんだ。そうか、そうだよな、まともじゃないよな、と思わず頷いてしまう。
せめて居場所のある家にしたい。できているだろうか。
2014/10/17
