欧米に寝たきり老人はいない

欧米に寝たきり老人はいない

2021年7月24日

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「欧米に寝たきり老人はいない  自分で決める人生最後の医療」

宮本顕二 宮本礼子 中央公論新社

 

夫のおすすめ本。なんだか題名に抵抗があったが、読んでみたら興味深い本だった。いわゆる尊厳死、リビング・ウィルに関する本である。
 
作者二人は、終末期医療に関わる医師の夫婦である。彼らはこの本で、終末期を迎えた高齢者に濃厚医療を行うことについて、疑問を投げかけている。
 
胃ろう、点滴、モニター、尿道カテーテル、人工呼吸器など様々なチューブに繋がれ、嫌がってそれを外したがるのを抑制するために、手すりに両手を縛られている寝たきりの高齢者。寝返りができないために床ずれができ、回復の見込みが無いのに強制的に生命が延長されていく。これが日本における終末医療の現状である。
 
作者二人が欧米を視察した限りでは、この様な「寝たきり」状態はどこにもいなかったという。経口での栄養摂取が不可能となったら、点滴や胃ろうなどの人工的な栄養の摂取をさせないことが原則となっているところが多いようだ。神に召されることの邪魔をしてはならない、という宗教的な背景もあるらしい。題名だけ読むと、欧米賛美主義のようで抵抗を感じるが、濃厚な終末医療を施すのがお約束になっている日本の実態は世界の中では異質なものである、ということは確かなようだ。
 
口から物が食べられなくなっても、点滴や胃ろう(胃に穴を開けて直接栄養をチューブで送り込む)を施せば、体力の衰えを防げる・・・というのが日本の医療である。長いこと普通の病院に高齢者を寝かせておくことができないので、老人専門病院に転院させるにあたっては、胃ろうをすることが条件となる場合がほとんどである。いちいち口から栄養を取らせる人的余裕はないし、胃ろうをせずに死に至ると、餓死させたかのようにとられる危険性もある。命を永らえさせる方法があるのなら、それをすべてやりつくすのが医療の使命だという前提が日本にはある。
 
口から栄養を取れなくなった終末期の高齢者は、枯れるように静かに死んでいく事が多い。が、栄養を人工的に与えられるとなかなか枯れることができず、むしろ苦しみが長引くともいわれる。栄養が多いがために痰がたまり、それを吸引するのにひどい苦しみを毎日味合わねばならないこともある。
 
できることがあるのに、それを行わずに静かに死なせることを選ぶと、見殺しにしたと取られてしまう認識が日本にはある。どうか手をつくして生きながらえさせてくれと家族が願う場合が多い。が、本人は、ひたすら苦しいだけなのであるとしたら?そして、結局のところ、最終的に死が待っているのだとしたら?
 
この歳になると、死はまったくもって他人事ではない。年老いた親を見るたびに、その横に静かに座っている死の存在を感じずにはおれないし、そういう私自身もまた、老いを日々感じている。どう死にたいか、どう死なせたいか。そんなことはその時考えればいい、縁起でもない、と言っていられる時期はもうすぎてしまった。この問題に、きちんと真正面から向き合って、自分はこうしたい、という意思表明をすべき時が来ているのかもしれない、と思う。
 
いたずらに苦しむのは嫌だ。いつか必ず死は来る。そのことを忘れずに、自分の最期のあり方をきちんと決め、家族に伝えておきたい、と思う本であった。

2016/8/28