王様は裸だと言った子供はその後どうなったのか

王様は裸だと言った子供はその後どうなったのか

2021年7月24日

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「王様は裸だと言った子供はその後どうなったのか」                     森達也   集英社新書

いつもの森達也節だ、といってしまえばそれまでなのだけれど。
つまりは、「桃太郎」や「赤頭巾ちゃん]といった昔話から、「仮面ライダー」や「蜘蛛の糸」や「ドン・キホーテ」に至るまでの様々な15のお話を、ある種のメディア・リテラシーに即して、森達也風に再話した本だ。

桃から生まれた桃太郎は立派な青年になって、優秀な成績で大学を出て、正義を愛するジャーナリストとなった。そして、犬や猿や雉を取材クルーとして雇い入れ、悪名高き鬼ヶ島を目指す。これ以上無用な争いをしたくなくて、鬼ヶ島に引っ込んで自給自足の静かな生活をしていた鬼たちは、桃太郎によって「退治」される。なぜなら、鬼は悪の化身であり、彼らを放置していては、いずれ罪のない一般市民が犠牲となると桃太郎は善意と正義感から信じているからだ・・・。

というふうにね。
これを読んでいて、私はまた、自分の子供時代に感じていてた疑問のひとつを思い出した。

桃太郎やその他のいろいろな昔話に出てくる囚われのお姫様は、救いに来た正義のヒーローと結婚して、末永く幸せに暮らしたことになっているけれど。本当に、お姫様はその人と結婚したかったのかしら。そりゃあ、命の恩人かもしれなけれど、全然好みのタイプじゃなかったかもしれないし、本当は別に好きな人がいたかもしれない。家族のもとに帰りたかったのに、知りもしないヒーローの故郷に連れていかれて、そこで一生を終えなければならないとしたら、それって、また、捕まったのと同じじゃないの?と。
例えば、私が誰かに誘拐されたとして、それを救出してくれた警察官と、私は結婚しなければならないのかしら?だとしたら、大変だ、絶対に誘拐されないように気をつけなければ。

真実はどこにある。
これが事実だとつきつけられたルポも、ドキュメンタリーも、映像も、物語も、すべて、現実を切り取った人のフィルターを通したものにすぎない。
だからこそ、与えられたものを鵜呑みにしてはいけない。
いつも、いろいろな側面から光を当て、違った面を考え、想像し、騙されないようにしなければいけない。
と、森達也はいろいろな場面を通じて訴えているのだろう。

私は、とても天邪鬼な子どもで、言われたのと反対のことや違うことばかりしたがっていた。私は、学校で、皆と同じことをするのが、とても苦手な子どもだった。それは、いけないことだと思い、そんな自分がダメだと思って子ども時代を過ごしてきた。そのことを、私は思い出す。

それでも、そんな子どもだった私も、やっぱり固定化したある種の価値にとらわれて生きているのだろう。メディア・リテラシーは難しい。ほんとうに正しい真実なんて、どこにあるんだろうか。というか、そんなものは、あるんだろうか。

2011/11/9